椅子をつぶす奴は

 というわけで山下達郎の名古屋公演に行ってきたのである。凄まじく素晴らしかった。もとのHP「演唱會逍遥」ページに観覧記をUPしたいが、ステージの達郎さんから釘を刺されてしまった。「コンサートツアーはあと20数公演続きます。インターネットでのネタバレはそれなりのご配慮を。」ってもなあ…曲名を書かないと描写のしようがないやんか。困ったね。どうしたものか。
 ところで今回のツアーは「レコ発」=新アルバムのお披露目行脚ではない由。(「ソノリテ」発売記念ツアーだと思い込んでいたがあれももう発売3年以上たつんだって!浦島太郎かSongは)では何のために企画されたかというと、昨年12月末をもって閉館・取り壊し決定の、大阪・フェスティバルホールで最終公演を打つためだという。単なる言葉のアヤかジョークで言っていると思ったら本当だそうだ。そのためだけに実に6年ぶり、全国50本近く、日本のトップミュージシャンを上から9人刈り取ったようなバックメンバーを再集結させてツアーを組んだのだと、とうとうと説いていた。
 フェスは私もよく行った。某レコードメーカーの大阪営業所に5年いたんでね。仕事でも遊びでも実にお世話になった。緋の毛氈が贅沢にめぐらせてあって座席もフカフカ。会館じゅうの布が足音もささやき声も吸収しちゃうような、クラシカルそのもののホールだった。入って左側にCDの即売スペースがあってここも緋毛氈張り。即売要員も正装が掟だった。でもロックや歌謡曲にもふつーに貸す多目的ホールで、私はやっぱりスターダスト・レビューが印象深い。お仕事でもさだまさしからロストロポーヴィチまでいろいろ入ったもんだ。達郎さんはここが殊の外お気に入りだったらしい。取り壊しになることを激しい憤りをこめて、若者向けに表現すればオニ怒りモード全開で語っておられた。
 この名古屋公演の会場はセンチュリーホールという随分新しい建物で、それでも「ここはまだ建って20年ですから大丈夫でしょう」と達郎さんが曰い、20年も経っていることに気づいて驚いたのだが(名古屋デザイン博のときに建ったのだ。バブル期にはいろんな泡沫博覧会があったなあ…)、話の流れで、同じ名古屋の歴史あるコンサートホール・愛知勤労会館がなくなることも知らされた。ショックだ。しかも今日、帰ってきて検索しがてら、愛知厚生年金会館までなくなることがわかってダブルショック。
 両方ともフェスに比べれば随分ちゃちな、何の変哲もないハコ(厚年は特に殺風景だったなあ)だったが、ここから名古屋のコンサートライフは始まるのだ。鶴舞の勤労会館は千数百人、池下の厚年は二千人ちょっと入る。ここを卒業すれば晴れてキャパ2500人、金山の名古屋市民会館が待っていた。岐阜のいなか高校生だった私が、おこづかい貯めて初めて名古屋のコンサート見に行ったのも勤労会館だったなあ。つぶすのか。とても悲しい。
 何でこんなあっさりつぶしちゃうのかなあ。再開発。老朽化。経営難。民間払下げのスリム化条件。どれもバカみたいな理由だ。そんな理由でほいほいと歴史あるコンサートホールをつぶす奴らはさ。歌舞伎座も観世能楽堂法隆寺日光東照宮もつぶしちゃえよ。なんでそれらはつぶしちゃダメで、フェスや勤労会館はつぶしていいの?文化というものの本質をぜんっぜんわかっていない。
 ただ経営難、動員難ってのは、なんとなくみててもわかるもんなー。むかしは勤労会館〜厚生年金会館、大阪でいえばサンケイホール〜厚生年金あたりで公演を打っていたロック/ポップスアーティストが、いまは名古屋ならダイヤモンドホールZepp Nagoya、大阪もなんばハッチZepp Osakaと、ライヴハウスだもんな。誰も彼もこぞって。
 あんな安普請のトタン囲いの掘っ立て小屋でなあ!音楽なんざ聴けたもんじゃねえんだよ。東京にも雨後の筍みたいにニョキニョキ生えてる、渋谷AXだの赤坂BLITZだのZepp Tokyoだの新木場STUDIO COASTだのといったデカめのライヴスペース。足元はつめたーいコンクリートの床でなあ。どれだけ客が飛び跳ねても暴れてもいいように床だけはどこも丈夫に造ってあるけれど。まあ、飛んだりはねたりしながら聴きたいロックバンドには好適なハコだし、そういう小うるさいバンドが私も好きだったりする。が、音楽はそればっかりではないのである。
 解せないのは、アイドルやアニメソング歌手、声優さんの歌手活動、それに馬場俊英とかおおはた雄一とかメレンゲとかキセルとか、じっくりしっとり聴きたいアーティストまで、最近こぞってああいう会場を使うことだ。本来は座って堪能させるべき芸能の持ち主までがな!
 アイドルならあんな安普請の会場、鉄骨の足場みたいなステージで歌うんじゃなくて、まともなホールに可愛らしいセット組んできっちり演出したほうがより可愛く見えるんじゃないのかい?アニメソングだって最近は音楽的にも凝ってるのが多いし、声優さんもずいぶん歌のうまい人がいるし、音響のいい会場でじっくり聴かせたほうがよくね?ノリ一発、みたいなので見せかけだけ盛り上げるよりもさ。
 達郎さんは「これからも私はホールでやり続けます。アリーナでは、やりません!」と力強く宣言しておられた。そういうミュージシャンがもうちょっと、もうちょっといてもよさそうなもんだけどね。